2011年11月4日金曜日

どうでも良い(かもしれない)、気になる事柄2。

展覧会:横浜トリエンナーレに行って来ました。前回も行ってますが、やはり雰囲気はまた違う。知ってる作家さん(若い方)も多く、親しみ易さもありましたが、作品は小規模。こじんまりとしてる感アリ。クリストが普通の一戸建て包んじゃった、そんな感じの規模→家の立替やないけ~!みたいな(笑) クリストは島一個とか、大規模でやっちゃうから圧巻・壮観。作家をたくさん徴収しすぎなのかな? 美術館展示の方は、展示の仕方が巨匠達と一緒なので、お歴々とガチで勝負!てのが面白い+羨ましい感じでした。色々な展示、雑多な群集の中でもブランクーシは気品あり、凛と空間支配してて、カッコよかった。。D・ハーストも「美しい・目を引く・わかりやすい」やっぱりハッとするし、最後のクロチェッティも面がスパッッとしててカッコよい。収蔵作品に目が行ってしまいました(それはそれでよかったv)。





















女子の涙:おおよそ鼻水と一緒。男子諸君は注意が必要(笑)。

デザイン:見せ方かな?見せ方が良い人はデザイナー。デザインする目が自身に欲しいと思ったり。

クロッキー:動物のクロッキー、線とかそういうのではなく、主には動きと骨の意識、「らしさ」。そのために線を使う。線が綺麗だとかはメインではない。修飾。綺麗なのは悪くはないのだけど。ああ、動物だけでなく、花とかもそうですね。構造を捉えてないと動物も花も人物も何かオカシい。イカンです。

くだらないもの:くだらないものほど規模を大に。徹底する。そうするとアートになるかも。前回の横トリのジャガイモ・ドラぶつけの作品は気になる。「風雲たけし城」の徹底ぶりもそうかも。

説教とアドバイス:女子の嫌いなものNo.1,2。全く的を得てないものに、てことで。


少し毒ッ気ありますね。今回のは色々思うことアリ、てことで。

4 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

あわただしい師走も押し迫ったある日、
二つの展示会を見てホッと心温まる思いをした。
六本木画廊で催された「Christmas Gift for Someone Special」では
彫刻家・東儀悟先生の「Live stock」と題された羊の頭部の作品。
小品ながら先生らしい個性豊かな作品だった。
写実的なフォルムと黄、赤、緑の原色の彩色の対比が際立っている。
そこには作者のいつもの芸術的感性や自己主張の強い気力がみなぎっている。
羊は従順なおとなしい生き物のように思われるが、
東儀先生の羊は強烈に個性的である。
元気をもらった。

銀座の靖山画廊で「たいせつなもの展」を見た。
東儀恭子先生の犬の絵が何点か展示されていた。
「赤い糸」や「箱入り娘」などの画題が
犬たちの表情を引き立てて可愛かった。
ぬくもりある温かな印象を受けたのは
いずれもクリスマスを意識された制作だったからかもしれないと思った。
家畜とは違ってペットとして人間と暮らすことのできる生き物は幸せだ。
その落差を思うとせつなくなる。
ペットにも、家畜にも、そして人間たちにも
Merry Christmas !
20111217 (霜落ち葉)

東儀恭子 さんのコメント...

霜落ち葉さま
いつもご高覧有難うございます。
師走の忙しい最中にお越し頂き、恐縮ですが、お心遣いにいつも感謝致しております。
両展覧会とも、Xmas意識したものですね、
いつも丁寧でかつ美しい文体に、また魅入ってしまいます。

「犬飼ってないの?」「動物好きだっけ?」と言われたことがあります。
犬やペットを飼ってなくとも、いや、飼ってない視点からこそ客観的に制作出来うることがあります。
「好きかい?」と言われないだけで、「好き」アピールをしないだけで、ペット他動物園の動物達全般にはとても興味深々です。
動物を見る視点は、恥ずかしながら美しく可愛い女性を見る男性の視点と類似するかもしれません。
ついつい見てしまうし、綺麗だな、とか可愛いな、と思ってしまうし、造形的にも博物的にも観察してしまいます。
いつでも心を捉えて離さない存在です。

しかし残念なことに、ジッと不躾に見とれてあまつさえ観察してしまうせいか、好かれてないことも多いです。
大好きな犬には不審がられて、警戒心強く吠えられてしまうこと多々です。
最近家の近辺に縄張りを持つ、鯖柄の猫にもとても警戒されています。接触率は高い方なのに、(懐いて欲しい、というのはおこがましいですが)なかなか慣れてもらえません。
でも顔をあわせるたび段々と距離が縮んでいくように感じる時、日々嬉しさを感じます。
毎日の、ホンの小さなことで嬉しくなってしまう自分がいます。

年の瀬、だいぶ寒くなってまいりました。
どうかご家族の皆様共々、お体大切に、恙無く良い年お迎え出来ますよう。。。

重ねて、このたびは有難うございました。

東儀恭子

匿名 さんのコメント...

東儀恭子先生、このたびはおめでとうございます。
立春をとうに過ぎた今頃、こんなご挨拶をするなんて
まさに“季違い沙汰”だとお感じになるかもしれませんね。
でも、きょうは敢えて「おめでとうございます」と
ご挨拶をしたい気分なのです。
2月18日、土曜日、日本橋のオンワード・ギャラリーでの
「千年の会」で先生の作品を拝見する光栄に浴しました。
「宝樹と向い鹿」とても荘重かつ清々しい印象を受けました。
宝樹は幹も葉も果実も、写実を超えて見事に様式化されているのに
実にリアルな存在感を持っています。
まん丸な神果のひとつひとつが―
枝に熟れる果も、
大地に嬉しげに降りいく果も、
燦然と黄金に輝く果も、
大地に降り積もった豊穣の果も―
全てが神の慈愛とこの世の調和を描いたかのようです。
前景の鹿たちも
世界の調和を統べる神の御遣いであるとともに
その恩寵を享ける側の生き物たちの象徴でもあるように見えます。
素人が口にするのは大変僭越ではありますが、
この作品は先生のこれまでの作風とは少し違って
生き物が主役というより、
生き物を配した風景、生き物がいる世界、
広がりのある景色になっているという印象を受けました。
一歩踏み出した、踏み込んだ作風だというのが私なりの印象です。
生き物以前の時代の作風とも違って、
洗練された様式美の中の、スケールの広がりと奥行き、
物語性のある世界を描かれたように見えました。
そういう意味で記念すべき作品、
作家の歴史の中のひとつの記念碑ともなる作品に
幸いにして出会うことができたという感銘を受けましたので、
今回はどうしても「おめでとうございます」というご挨拶になりました。

もう一つの作品「Loop」もとても気に入りました。
モデルさんが可愛いですね(笑)。
屈託なく、とても幸せそうです。
安心しきって、しなやかな肢体を仰向けにあられもなくさらしている(笑)。
柔らかな印象を受けるのは画題通り、
絵全体が円い輪をなしているからでしょうか。
Movementが直線的でなく円い輪であることが
完結性や安心感をかもすのですね。
そこで今回の2作品を考量すると、
共通点は丸いもの、円環ということ―安らぎ、調和、完成、自己完結。

東儀恭子先生のこれからのお仕事もきっと
宝樹の遠景にあるような、
光りにみちた広々とした地平に向かっていくのだろうと
あらためて嬉しく感じた次第です。
20120219 ―町の中の雑木たる樹

東儀恭子 さんのコメント...

―町の中の雑木たる樹 様

返信が遅くなって申し訳ありません。 いつもご高覧下さって、本当に有難うございます。
今回の絵のご感想、ご批評、特に嬉しく思いました。
私が描きたい、と思っていたことが、いつも以上に伝わっていることがとても嬉しく感じました。
賛辞して頂いているのが本当に面映くも感じますが、本当にそうなりたいと思いました。

いつも応援して下さって、本当に有難うございます。
いつも励みになっております。 より一層頑張りたいと、いつも力を頂いております。

saposapoの方もきて頂いたようで、、こちらも本当に有難うございます。
ポストカード、有難うございます!こちらも本当に嬉しかったです。

いつかちゃんとお礼したいと思っております。
それほどお二人様には元気を頂いており、とても感謝しております。

もうすぐ3.11ですね。
拙宅の桜がもうじき芽吹きそうな、暖かさになって参りました。
悲しい記憶と共に、みんな各々考えることある、
春の初めはそんな季節に変わったような気がします。

いつまでも皆さま健やかでおりますよう
私達夫婦はより一層仕事を頑張れるよう

かなり近くにてなのですが、お祈り申し上げます。

東儀恭子

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